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網走市

「写真で親しむ地理」と題し、日本各地を写真レポートしていますが、しばらく北海道シリーズを連載予定です。
中学受験社会のブログ-網走駅
北海道の網走(あばしり)市は、北海道の北東部。オホーツク海をのぞむ都市です。近くにはホタテ貝の養殖がさかんなサロマ湖もあります。
中学受験社会のブログ-博物館網走監獄
網走といえば、「網走刑務所」が有名です。といっても小学生のみなさんは何のことやら??という感じでしょうが、昭和の昔?に網走刑務所の映画がたくさん作られ大ヒットしたため、全国的に有名なのです。写真は本物の刑務所ではなく、「博物館・網走監獄(あばしりかんごく)」というめずらしい「刑務所の博物館」で、網走刑務所の明治時代以来の歴史がわかります。今回はこの博物館のようすを紹介します。
中学受験社会のブログ-網走送り
網走刑務所は一度送られたら二度と帰れない過酷な刑務所というイメージがありました。写真は面会に来る家族のようすをろう人形で実写化。昭和になっても3泊4日かかる遠方の地を、わずか30分の面会に訪れる家族は大変だったことでしょう。
中学受験社会のブログ-監獄
当時の監獄のようす。
中学受験社会のブログ-懲罰房
これは懲罰房(ちょうばつぼう)といい、規則をやぶった受刑者が罰として1週間入れられた部屋です。明かりは全く入らない闇の中で、食事もなんと重湯のみというすごく厳しいものでした。
中学受験社会のブログ-風呂1
入浴は受刑者には数少ない楽しみでした。1回15分程度で、1ヶ月に5回程度しか入浴出来なかったといいます。
中学受験社会のブログ-食事
食事のようす。この博物館では「監獄食」といって、実際の受刑者たちが食べた食事に近い食事を注文して食べることができるようです。「意外とヘルシー」とのことでした。
中学受験社会のブログ-作業
受刑者たちの作業のようす。
中学受験社会のブログ-農園遠景
網走刑務所は「農園刑務所」としても知られていました。農作業を通じて、受刑者たちの改心を促すとともに、受刑者の釈放後の生活手段として農業技術を身につけさせることを目的としていました。
中学受験社会のブログ-唐み
唐みという農具です。江戸時代以来300年もの間使われました。子実とゴミやチリを選別するための農具です。
中学受験社会のブログ-つらい旅
明治政府は旭川から網走を結ぶ北海道中央道路をつくろうと考えました。ねらいは極東に勢力を拡大するロシアに備えるため、屯田兵(とんでんへい)村を設置し、日本の北の守りを強化するためでした。屯田兵とは普段は開拓に従事し、いざという時は武器を取って国を守るため戦うという兵のことです。この中央道路の工事に、受刑者たちが使われたのです。こうして1890年(帝国議会が初めて開かれた年)、1200名の受刑者と173名の看守が網走に集められました。
中学受験社会のブログ-つらい旅2
別名「動く監獄」と言われた休泊所。受刑者たちは中央道路の工事にともない、休泊所を解体しながら移動して行きました。
中学受験社会のブログ-つらい旅3
中央道路の全距離228キロ。工事期間8ヶ月。早朝から深夜にわたる過酷すぎる工事の犠牲者は211名にものぼります。北海道開拓は受刑者たちの犠牲の上に成り立っていました。
中学受験社会のブログ-現代の網走刑務所
現在の網走刑務所の再現です。寒い木造から暖かい鉄筋にみごとに変貌をとげました。戦前にくらべ、受刑者たちの人権も格段に保障されるようになりました。
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