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京都その1

八坂神社(やさかじんじゃ)にやってきました。八坂神社は京都市東山区祇園町にある神社です。
7月の祇園祭(ぎおんまつり)で知られます。祇園祭は葵祭り、時代祭りと並ぶ「京都三大祭り」です。
八坂神社01
八坂神社02


円山公園(まるやまこうえん)にやってきました。円山公園は京都市東山区にある公園。八坂神社、知恩院に隣接しています。春には「祇園枝垂桜」で有名な桜の名所です。来たのは夏なので残念でしたが。
円山公園01
池泉回遊式の日本庭園が見事です。
円山公園02
坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像がありました。両名はご存知幕末維新の時代の志士ですが、京都で暗殺により最期を遂げたのでした。
円山公園03


知恩院(ちおんいん)にやってきました。知恩院は、京都市東山区にある浄土宗総本山の寺院です。浄土宗を開いた法然が中年期以降を過ごし、終焉をむかえた地に建てられた寺院です。
知恩院の巨大な三門です。高さ24m幅50m屋根瓦7万枚!徳川2代将軍秀忠の命を受け建立されました。
知恩院00三門
知恩院大鐘楼です。
知恩院02大鐘楼
知恩院経蔵です。三門と同じタイミングでつくられました。
知恩院03経蔵
法然の像です。この階段の上に御廟があります。
知恩院04法然上人像
法然のご遺骨を安置する廟堂(びょうどう)です。
知恩院05御廟
これは知恩院にある千姫の墓です。千姫とは徳川家康の孫娘で、いったん豊臣秀頼(秀吉の息子)に嫁いだものの、大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡した際に、大阪城を出され、徳川の元に戻った女性です。
知恩院06千姫の墓


高台寺(こうだいじ)にやってきました。高台寺は京都市東山区にある寺院です。豊臣秀吉の妻である北政所ねね(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院です。
庭園がかなり見事でした。
高台寺01庭園
高台寺02庭園
臥龍廊(がりょうろう)です。高台寺の開山堂と霊屋をむすぶ階段で、龍の背に似ているところから名付けられたみたいです。
高台寺04臥龍廊
高台寺の霊屋(おたまや)です。秀吉と北政所をお祀りしているところ。堂内に両者の木像も安置されている。そして北政所の木像の地下2m下に、北政所自身が葬られています。
高台寺05霊屋
茶室の傘亭(かさてい)。千利休の作とも伝えられています。
高台寺03傘亭


京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)にやってきました。京都市東山区にある神社です。幕末維新の志士たちが祀られています。
これは土佐藩の吉村寅太郎という志士の墓。坂本龍馬たちの仲間で、幕末に戦死した人物です。
京都護国神社01吉村寅太郎
坂本龍馬と中岡慎太郎の墓と銅像がありました。やはり欠かせない人物ですね。
京都護国神社02坂本中岡墓
知る人ぞ知るパール判事の顕彰碑です。極東国際軍事裁判いわゆる東京裁判において、ただ一人、被告全員の無罪を訴えた人物です。
京都護国神社03パール判事


豊国神社(とよくにじんじゃ)にやってきました。地元では「ホウコクさん」と言われて愛されています。京都市東山区にある神社です。没後に豊国大明神となった豊臣秀吉が祀られています。
しかし1615年の大阪夏の陣で豊臣家が滅亡すると、神社は徳川家の命により廃絶となり、秀吉の豊国大明神の名も剥奪されてしまいました。が、江戸幕府滅亡後、明治になって明治天皇の命により復活しました。
豊国神社唐門
上は豊国神社の唐門です。

方広寺(ほうこうじ)にやってきました。方広寺は、京都市東山区にある寺院です。豊国神社と隣接してあります。
方広寺 01
豊臣秀吉は権力を掌握すると、大仏の造立を発願し、方広寺はそのために建立されました。大仏は小田原攻めの五年後の1595年に完成しました。この時に造立された大仏は、東大寺の大仏よりも巨大なものであったといいます。刀狩で没収した武器で作った釘などが使用されたといいます。大仏は地震や火災で何度も崩壊するごとに再建されていましたが、現在は失われました。
方広寺で有名なのは何と言ってもこの鐘ですね。
方広寺02
徳川家康がこの梵鐘の銘文の「国家 安 康」「君臣豊楽」の句に、イチャモンをつけて、大阪の陣のきっかけになってしまった事件がありました。この句が徳川家康の家と康を分断しており、豊臣の繁栄を祈願するものと見なされたのでした。
ちなみにこの鐘の銘文は現存しているらしいのですが、確認できませんでした。



三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)にやってきました。京都市東山区にある仏堂です。正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)といいます。元は後白河上皇が創建した寺院で、上皇が平清盛に建立の協力を命じて完成したといいます。現在は元々の本堂にあたる「三十三間堂」のみが現存します。
三十三間堂01
堂内には、1000体の千手観音像が並んでおり、圧倒的な偉容です。正確には本尊の背後にも1体あり、計1001体だそうです。中央には本尊である木造の千手観音坐像があり、その他、風神像、雷神像、二十八部衆像が千体仏の手前に位置します。下の写真はお土産に買った絵はがきを写したもの。決して撮影禁止の堂内を盗撮したものではありません。
三十三間堂03
江戸時代には本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る「通し矢」の舞台となりました。同様の儀式は規模を縮小しながらも、現存も継続されていますね。
三十三間堂02通し矢


清水寺(きよみずでら)にやってきました。清水寺は京都市東山区にある寺院です。
清水寺・仁王門です。
清水寺01仁王門
清水寺・三重塔です。
清水寺02
有名な「清水の舞台」ですね。思い切って物事を決断することを「清水の舞台から飛び降りるつもりで」と言います。
清水寺03舞台

最後は祇園(ぎおん)付近のコンビニのようす。何かしぶい看板ですね。きっと京都の景観を損なわないために地味にしているのでしょうね。
祇園景観


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