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京都その2

京都御所(きょうとごしょ)を参観してきました。京都御所は、京都市上京区にある御所です。東京遷都まで歴代の天皇が住んでいました。現在も、皇室の京都行幸の際の宿泊や、国賓の宿泊に使用されています。また一般人でも宮内庁に参観申請をすると参観出来ます。
まずは御車寄(おくるまよせ)です。昇殿を許された者の玄関口です。
御所01御車寄
次に諸大夫(しょだいぶ)の間です。正式な用向きで参内した者の控える建物。ふすまの絵にちなんで、格の高い順に「虎の間」「鶴の間」「桜の間」と呼ばれていました。
御所02諸大夫の間
御所03諸大夫虎の間
下は新御車寄(しんみくるまよせ)です。こちらは大正天皇以降の天皇を迎える玄関口になります。なぜ御所に天皇の入り口が必要になるか、というと、大正天皇、昭和天皇の2代については普段は東京の皇居にお住まいになりますが、即位式のみは京都御所で行ったため、こういった玄関口が必要となったわけです。
御所04新御車寄

朱塗りの承明門(じょうめいもん)の向こうに見えるのが紫宸殿 (ししんでん)です。
御所05承明門
御所の正殿で、東京遷都後もここで天皇の即位式が行われていました。(ただし昭和天皇まで。今上陛下は東京で行った)
御所06紫宸殿
内部の中央に高御座(たかみくら、天皇の座)、その東に御帳台(みちょうだい、皇后の座)が置かれています。
建物正面の階段の左右には「左近桜」と「右近橘」があります。ちなみにこういう場合の左右は「天皇から見た視点」で決まります。例えば京都市に右京区、左京区という区がありますが、御所が南向きのため、東側が左京区、西側が右京区になります。

下は清涼殿(せいりょうでん)です。天皇の居住兼執務所として使われていました。
御所07清涼殿
中央手前の畳は、「昼御座」(ひのおまし)といい、天皇の執務場所です。その奥は休憩所である御帳台(みちょうだい)です。
御所08清涼殿内部

下は小御所(こごしょ)です。
御所09小御所
1867年に大政奉還後の徳川慶喜の処遇を巡って大激論が交わされたのがここでした。慶喜に対し非情な辞官納地を迫る岩倉具視+薩長に対し、土佐藩主山内容堂が慶喜を擁護します。最後は西郷隆盛の恫喝に容堂がビビって薩長の意見が通ったとか。
御池庭(おいけにわ)です。回遊式庭園です。
御所10御池庭
下は巨大な御常御殿(おつねごてん)です。御所の中で最も大きな御殿で、孝明天皇、明治天皇2代で使用されたそうです。巨大すぎて写真に収まりきれない。
御所11御常御殿
下は蛤御門(はまぐりごもん)です。幕末の1864年、長州藩対会津・薩摩・桑名藩が御所の御門周辺で激しい市街戦を繰り広げました。この門にはその時の弾痕が今も残っています。
御所12蛤御門





下鴨神社(しもがもじんじゃ)にやってきました。下鴨神社は、京都市左京区にある神社です。正式名称は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)です。
下鴨05
毎年5月に葵祭(あおいまつり)が行われることでも有名です。葵祭りは京都三大祭りの一つであり、庶民の祭りである祇園祭に対して、貴族の祭になります。
平安時代の貴族の装束で、華麗に行列が行われます。
下鴨00
糾の森(ただすのもり)です。
下鴨04糾の森

御手洗川(みたらしかわ) です。
下鴨06御手洗川
普段はあまり水がないようですが、土用の頃になると水がコンコンと湧くそうで、その様子からみたらし団子の語源になったそうな。

下は鴨長明(かものちょうめい)の方丈(ほうじょう)=住まいのことです。
下鴨01方丈
日本三大随筆「方丈記(ほうじょうき)」の作者である鴨長明が暮らしたそうです。そもそも、鴨長明は下鴨神社の神官の子供として生まれ、自身も神職を務めていました。が、五十代以降はすべての公職を退き、このような方丈で世捨て人的な暮らしをしました。その中で生まれた随筆が「方丈記」なのです。
下鴨02方丈内部


同志社大学もサクッと見学してみました。レンガ造りがなかなか趣があって、カッコいいですね。同志社大学は1875年に新島襄(にいじまじょう)が創立した同志社英学校を前身とする大学です。旧薩摩藩邸の跡地に作られました。
同志社01
プロテスタント系の流れを組む学校だそうです。大河ドラマ「八重の桜」で注目を集めそうです。(主人公の新島八重は新島襄夫人)


伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)にやってきました。伏見稲荷は京都市伏見区にある神社で、全国に約4万社ある稲荷神社の総本社です。
伏見01
伏見02

下が名物の千本鳥居(せんぼんとりい)です。千本鳥居は狭い間隔で多数建てられ名所となっています。実に美しい。
伏見03

奥社奉拝所の奥に「おもかる石」という石があります。
伏見04
この石は試し石のひとつで、願いを念じて持ち上げた時、重さが予想していたより軽ければ願いが叶い、重ければその願いは叶わないといわれています。私も持ってみましたが、けっこう重かった笑


東寺(とうじ)にやってきました。東寺は、京都市南区にある寺院で、「教王護国寺」(きょうおうごこくじ)とも呼ばれています。
東寺01
五重塔です。高さ54.8メートルで、木造塔としては日本一の高さを誇る東寺のシンボルです。東寺というより京都のシンボルと言ってもいいでしょうね。現在の塔は江戸初期に建てられたものです。
東寺04五重塔

下は金堂です。東寺の中心で、現存の建物は1603年の再建だそうです。本尊の薬師如来坐像と日光菩薩、月光菩薩が安置されています。
東寺03金堂
下は講堂です。現在のものは室町時代に再建されたものです。講堂には大日如来を中心として全部で21体の彫像があります。
東寺02講堂
下は東大門。別名不開門(あかずのもん)です。1336年に新田義貞が、東寺にいた足利尊氏を攻め、尊氏は門を閉めて危うく難を逃れた故事からこのように呼ばれるようになったとか。
東寺05不開門
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