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鎌倉時代 小5対象

鎌倉時代のプリントをupします。
個人としてダウンロードしてご家庭で活用されるのはご自由に。
商用利用はご遠慮ください。


予習シリーズ小5下巻6回に対応しています。

問題

解答


今回から武家政権の時代に入ります。
まず今回の鎌倉時代「タテ」と「ヨコ」からとらえていくと特徴がつかみやすいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヨコ・・鎌倉時代は、まだ後世の江戸幕府ほど幕府の力が強くありませんでした。西の朝廷の力は強力で、西の朝廷VS東の幕府はことあるごとに対立します。つまりヨコの対立が強烈でした。

西の朝廷VS東の幕府

この東西対立が表面化し、決戦が行われたのが有名な承久の乱(1221年)です。

またこの東西対立は乱の後もずっと続き、農民たちは二重支配に苦しむことになります。
つまり
西の朝廷荘園領主 VS 地頭東の幕府

この東西それぞれの役人の土地をめぐる対決が続発し、これを解決する目的で法律が制定されます。これが有名な御成敗式目(1232年)です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次に
タテ・・
  将軍
奉公↑ ↓御恩
  御家人

このタテの関係は「御恩」として与えられる「領地」を仲立ちに成り立っていました。現代のサラリーマンが給料をもらってその代わりに働くように、昔の武士たちは富の源泉である「領地」を求めて、懸命に幕府のために戦います。これが「奉公」です。

そしてこのタテの関係が崩壊するときが来ました。奉公したのに、御恩が十分に与えられない事態が発生します。これが有名な元寇(1274年と1281年)です。元寇は外国を相手とする防衛戦争であったため、幕府が獲得した新領土はなく、御家人に領地をあげることができなかったのです。以後、御家人の幕府に対する不満は蓄積され、倒幕へとつながっていきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちなみに上記の「鎌倉時代の3大事項」の当時の「執権」は「よし、休むね!!」と覚えます。
「よし、やすむね」には全て「」を+します。

①承久の乱  よし +時=北条義時
②御成敗式目 やす +時=北条泰時
③元寇    時+ むね=北条時宗




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